これは自分にとって大変ショックな出来事でした。
昨日何気なく目にしたネットニュースの見出しにあった「高橋幸宏氏死去」の文字。
「まさか、嘘でしょう?」と思わず前のめりになってしまうほどの驚きでした。
高橋幸宏さんは、ドラマー、シンガー、ファッションデザイナー、俳優など多方面での活躍をしてこられた方です。
でもおそらくなんと言っても最も有名なのが、「イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)」のメンバーとしての「ユキヒロさん」だったでしょう。
YMOは、それまでの日本の音楽をひっくり返すほど斬新で、尚且つその影響はファッションなどの流行にまで及ぶほど。
まさに一時代を築いたと言っても過言ではないほどの存在でした。
1978年に細野晴臣・坂本龍一・高橋幸宏の3人により結成されたYMOは、まず海外からその人気に火がついて、日本には「逆輸入」の形で「何か面白いバンドがいるらしい」と、認知度が上がっていった珍しいユニットです。
1979年に入ると、3人のもみあげを切り落とした「テクノカット」と呼ばれるヘアスタイルが大流行し、ユキヒロさんが作曲した「ライディーン」が大ヒットするなど、「YMO現象」ともいうべき状況が日本中を席圏。
その後も数々のヒット曲を出しつつ、徐々にバンドとしてよりは個々のソロ活動が目立つようになる中、1983年に発売された「君に、胸キュン。」は化粧品会社とのタイアップ作品で、とにかくポップな作品になっており、YMOのシングル曲としては最大の売り上げを記録しました。
1983年にYMOは「散解」ライブを行い、一旦は3人での活動には終止符を打ちましたが、その後再び3人で集い、「YMOとは別のもの」としながらも色々な活動を行ってきました。
そして最近では坂本龍一氏が「ステージ4」のがんで闘病中であることが話題になっていましたが、実は高橋幸宏さんも数年前から脳腫瘍で闘病中だったんですね。
YMO時代、細野さんと坂本さんという、強い個性の持ち主の間に立ち、「緩衝材」のような存在になり、グループをまとめていたというユキヒロさん。
それはあたかも、ユキヒロさんがリスペクトしていたリンゴ・スターがジョン・レノンとポール・マッカートニーの間に立って、バンドのまとめ役になっていた、という関係性を見るようで、改めて、ユキヒロさんのソフトで優しい人間性に想いを馳せています。
さようなら、ユキヒロさん。
あなたの素晴らしいドラムスキルも、繊細で哀愁を帯びた歌声も、洒脱なその佇まいも、全部大好きでした。
今は苦しみから解放されて、ゆっくりとおやすみください。